こひつじ幼稚園

こひつじ園だより12月号

月主題 さんび

♪うれしい秋の実りです~(このさんびかは、長い間歌い継がれたきたさんびです) みかん、柿、りんご、かぼちゃ、豆、お米、麦、歌詞の中にある果物や野菜、穀物をイメージしながら、子どもたちは神さまにありがとうと感謝のさんびを捧げ収穫感謝の礼拝をしました。今年は礼拝堂に野菜や果物に加えて、はとぐみがお散歩で拾ってきてくれたどんぐりの飾りが加わり、さんびの歌声だけでなく、神さまへのありがとうがいっぱいでした。どんぐり拾いの朝、ある子どもは「うれしいあきがきたね」と書いたお手紙を持って登園してきたそうです。拾いながらの子どもどうしの会話も、聞いていて嬉しい気持ちになるエピソードばかりでした。神さまもそうした子どもたちの姿を“さんび”として受け取り、“いっしょに”の11月を過ごしてくださったのだと思います。

そして今、ろばぐみからは、クリスマスページェントの歌声が聞こえてきます。まだ人生を5、6年しか生きていない子どもたちですが、すでにクリスマスの本当の意味を知っている、それだけで感慨深いのですが、幼稚園で覚えたクリスマスの讃美歌はきっと卒園してもクリスマスの時期になると、思わず口ずさんでしまうのではないかと思っています。

りす組にとっては初めて迎える幼稚園のクリスマスです。ページェントは役割を演じる劇ではなく、子どもたちが舞台に上がる、そのことが神さまへの“さんび”捧げものであることを経験する12月(クリスマス)です。“さんび”は、賛美歌を歌うことだけでなく、神さまを想うあらゆることの中にあることを心に止めていただければと願っています。

園長 富田なおみ

こひつじ園だより11月号

月主題 一緒に
 毎月「こひつじ園だより」を準備しながら、みなさんと一緒に共有したいことを見つけて、自分の内に働く気持ちを並べたり、つなげたり、崩したりしながら「ことば」にしています。
 「ことば」を獲得したばかりの子どもたちは、大人が文章を作るように声をことばにする作業(会話)にプロセスと時間を要します。ですから、泣いている子どもに「泣いてばかりいたらわからないからちゃんと話をしなさい」といっても、子どもの側は、ちゃんと話せないから泣いているのです。自分のことばを語り出すためには、泣き声を受け止めてくれる人、体が語っていることばを感じ取ってくれる人が必要です。「自分のことば」を見つけ出すためには、意志を持って一つ一つのステップを踏んでいかねばなりません。自分が、ほんとうに感じていることを十分にことばにできるような環境を一緒に作っていきたいと願っています。
 ある子どもが「大きくなったらウルトラマンになりたい」と言い、ある子どもは「大きくなったら宇宙飛行士になりたい」と夢を語り、それを聞いていた友だちが「大きくなったら宇宙で会えるね」と話していたそうです。子どもの感性とそこで話されることばのなんと素敵なこと!
「この人と一緒にいたいな」と感じるのは、その人が自分の話をどのように聞いて応答してくれるかによって決まるのではないでしょうか。自分の気持ちをことばにした時に、受け止めてもらえたと感じることばが返ってきたら、一緒にいることはますます嬉しいことになるでしょう。どんなことばを蓄えて大人になっていくかは、一緒にいる人のことばが育てるのだと思います。子どもと一緒に過ごす時が、豊かでありますようにと願っています。
                       園長 富田なおみ

こひつじ園だより10月号

月主題 動く
 着々と準備を進めてきたこひつじまつり、「試行錯誤」の9月を経て、だからこその喜びに出会えたことと思います。お母さま方の一生懸命な姿を見ながら、子どもたちも、少しづつ運動会に向けて「試行錯誤」を重ねています。そして保育者たちも子どもたちが主体的に動くためには、どのような言葉かけが適しているだろうかと話し合い、秘策を持って日々の保育に臨んでいます。いざ子どもたちに向かうと、思い通りに運ばないこともたくさんありますが、その都度子どもたちが納得できるように話し合の時を持ち、自分の役割や責任を確認して進めていることを嬉しく思っています。
 一般的に運動会は、一人ひとりが力を合わせ、大きな集団となって動く、あるいは小さな個が競い合う、そんなイメージがあるように思います。そしてそんな時には、小さな個の気持ちは、大きな集団(全体)に圧倒されて、自分の心を確認できなくなってしまうことがあります。大きな緊張にさらされ、小さな個は自分の気持ちではなく、隣の子や先生を気にして、合わせて過ごすことが良いことと勘違いし、あるいは競い合う中で勝者になる事が、自分の価値を決めることだと学習してしまうことがあります。
 幼い頃に思い出として残す運動会は、のびのびとした自己表現の場であっても良いのではないでしょうか、友だちと過ごす嬉しさを経験しながら、自分らしさが表現できる運動会になるようにと願っています。
 人を動かすのは、号令ではなく、自分の中に湧いてくる、神さまからいただいた心です。人の心は動かされるのでなく「動く」のだと思います。  こひつじ幼稚園の子どもたちが「動く」ために必要なことをご一緒に考えられたら幸いです。
                        園長 富田なおみ

こひつじ園だより9月号

月主題 試行錯誤
 
2学期が始まりました。今年は雨の多い夏休みとなり、旅行の計画や、外遊び、お洗濯にも工夫が必要でしたね。朝晩少しずつ涼しい空気を感じるようになり、じっくりと物事に取り組むのに良い季節に向かいます。
 みなさんは、「勉強」という言葉の語源をご存知ですか? 勉強とは「勉め、強いる」ことであるから、本来は気の進まないことを無理にする意であったそうです。学習の意味で「勉強」という言葉が使われるようになったのは、明治20年以降だそうです。
 勉強嫌いの子どもたちには、夏休み明けは憂鬱な日のようですが、こひつじ幼稚園の子どもたちはどうでしょうか?きっと2学期が始まるのを心待ちにしていたことでしょう。それは、幼稚園の保育が「勉強」ではなく「学び」だからです。教育学者の佐藤学師は、「勉強は強制してやらされるもの」「学びは自主的に取り組むもの」と区別しています。
 夏休みにお家でゆったりと過ごした子どもたちは、学びたがっていると思います。ですから、園では、道具や素材や人との出会いによって「活動的な学び」を、一泊保育や農業体験、運動会に向けて「協同的な学び」を、そして知識や技能を共有して「表現する学び」を試行錯誤しながら、提供していきたいと願っています。      
                       園長 富田なおみ

こひつじ園だより7月号

月主題 気持ちよく
 
梅雨空の続く日々、じんわりとした空気、そんな中で「気持ちよく」を探してみましたが、なかなか思いあたらず、どんよりとしたまま何日も過ぎてしまいました。焦りはなお「気持ちよく」を遠ざけて私の心も雲りの日々。子どもたちの「気持ちよく」はどこからやってくるだろう?と思いながら子どもたちに目を向けて見ました。
 子どもたちは、雨を苦にせずペットボトルを雨どいの下に置いて雨水が溜まっていく様子を大はしゃぎて観察している。しっとりと湿気を含んだ土には、子どもたちの大好きなダンゴムシがたくさんお目見えしてこれも嬉しそう。晴れた日は、蒸し暑さを吹き飛ばすかのように、サッカーゴールを目指してシュートするろば組、髪の毛がビショリになるほど汗をかいているのに、なぜか顔は爽やかで爽快!はと組はペットボトルを持って走り回っているので、何をしているのかと聞いて見ると、「ぬれオニごっこ」だという、これもなんだか楽しそう。りす組は初めてのプールで裸になってシャワー、これも気持ちよく過ごしている様子。
 つまりは、憂鬱なのはおとなだけなのかもしれない、子どもは少しも苦にしていないのかもしれません。
「天の太陽は雲につつまれる日があっても、この小さな太陽たちは、いつだって好天気だ。」倉橋惣三
小さな太陽たちの「気持ちよく」過ごす姿を見守っていたら、きっと私たちの心も好天気になりますね。
                      園長 富田なおみ

こひつじ園だより6月号

月主題 不思議

 

今月の主題は「不思議」です。「不思議」は元来、仏教語「不可思議」の略で、心で思うことも言葉でいうこともできないようなことを指すのだそうですが、キリスト教の神も「不思議」をもたらします。聖書のマルコによる福音書4章26、27節には:また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」園庭のプランターでぐんぐんと育っている野菜も、植えたのは確かに子どもたちですが、どうして葉が茂り、茎を伸ばし実をつけるのかを言葉だけで説明するのは難しいことですね。

ろば組の横にあるプランターには、人参が花を咲かせています。人参の葉っぱが、食いしん坊の子どもたちに天ぷらにされずに残っていることも「不思議」ですが、我が家のベランダにあるパクチーとパセリの花とよく似ていて、調べてみたらどれもセリ科の植物で、食べる部分だけを比べたら全く違うのに、仲間なのだと驚きました。長く生きている私でさえ、まだ知らないことに出会うのですから、子どもたちが意識して不思議アンテナを立てて、1ヶ月を過ごしたら、どんなにたくさんの不思議と出会うことかと思います。

『センス・オブ・ワンダー』の著者、レイチェル・カーソンは、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要じゃない、子どもたちが成長の過程で出会うことが知識や知恵を生みだす種子だとしたら、情緒や感受性はその種子をはぐくむ肥沃な土壌のようなもので、子ども時代はその土壌を耕すとき」と言っています。

不思議な発見を知識として止めるだけでなく、新たな興味や関心に広げることができたらとねがっています。

富田なおみ

こひつじ園だより5月号

月主題 見つける

4月に入ったりす組の子どもたちは、たくさんの新しいものと出会いながら、だんだんと生活の場を広げています。お母様との関わりでは、遊具を共有することなど考えもしなかったでしょうが、幼稚園では、どうしたらこれを自分の物にできるか考えなければなりません。お友だちや、先生に聞いてほしいこともどうやって伝えたらいいか考えなければなりません。友だちや先生との関係の中で、答えを見つけ、少しづつ自分の力を発揮しようとしています。

はと組の子どもたちも、自分より年下のりす組さんの存在を見つけてお兄さん、お姉さんになった自分を見つけているように感じられます。

ろば組のHくんが梅の実を見せて、これ見つけたんだ「先生に1個あげる」と差し出すので「ありがとう」と喜んでいただくと、だけどね「それ小さいの、それにちょっとホラ」と言って傷の部分を指差して教えてくれました。なんとなく、自分が良い方を持っていて、見てくれの悪いものを差し出したことに咎めを感じたのでしょう、Hくんの心の育ちを見つけて嬉しい気持ちになりました。

5月、子どもたちと共に、美しい自然や、お友だちの気持ち、新しい自分を見つけながら過ごしていきたいと願っています。

富田なおみ

「伸ばそうとするばかりでなく、伸びるのを待っているばかりでなく、 現に目の前でこうまで伸びゆくのを驚く心。それが五月の心である。

(倉橋惣三『育ての心』)

こひつじ園だより4月号

月主題 であう

入園、進級おめでとうございます。毎月の「こひつじ園だより」では私たちの幼稚園が、保育していく上で大切にしたいことをお伝えしていきます。私たちが保育の組み立てをしていく際に参考にしている『キリスト教保育』という冊子には、“月の主題に子どもをはめていくのではなく、子どもの中に月の主題が物語る姿を感じ取り、なお育むものでありましょう”と記されています。そのように願って保育を進めてまいりますので、温かいご支援と見守りをよろしくお願いいたします。

年主題は言葉通り子どもたちが「愛されて育つ」一年であるようにとの願いが込められていますが、同時に私たち一人ひとり(大人)も神の子とされ、愛されている存在です。子どもの育ちを見守り、生涯にわたる生き方の基礎を培い、自律的な人間として育つようにと私たちも子どもと共に育っていきましょう。

月の主題は「であう」です。新しい先生、新しい友だち、新しい部屋新しいロッカー、色々な人とのであい、環境、そしてその背後にある神さまの愛に“であい”安心を得ることを願って4月を過ごします。

園長 富田なおみ

こひつじ園だより3月号

月主題 希望

 

参観を終えて、それぞれにこの一年を振り返り、子どもの成長を確かめられたことと思います。「♪小さな赤ちゃんだったのに〜」とさんびが聞こえると、子どもたちが入園してきた頃を思い浮かべます。お家の方は、赤ちゃんだった頃を思い浮かべるのかもしれません。そこには、確認できる確かな育ちがありますね。

『望星』という冊子の特集が「虫はなんでも知っている」というもので、タイトルに魅せられて入手しました。表紙には「ダンゴムシのダンゴムシ的ココロ」とあり、そそられるまま、一気読みしてしまいました。

「心とはいったい何か?」という研究で、ダンゴムシによる実験をしている森山徹という科学者は、人は誰でも、何をしでかすかわからない部分を持っている。けれど、そうしたわからなさがお互いにあると不安で耐えられない。そこで、そのわからなさを、なんとかきれいにまとめようとしてできた言葉が、知情意(ココロ)ではないかというのです。知性でも、感情でも、意志でも説明できない行動をとって「なぜだかわからないけどやってしまった。」心とは、たとえ知情意という言葉で縛っても、そんな風にそこからはみ出たかたちで突然目の前に現れてくるものだと。

春も近づき、新しい環境への期待と不安、説明のつかないソワソワした心を、子どもたちは一生懸命落ち着かせようとしています。でも、何をするかわからないということは、自由に何かをする可能性に繋がっているということでもあります。それこそが希望なのだと思います.

自分の行動を自由に変化させることのできる柔軟性はこんな時に養われます。大人の都合で膨らんだ希望をしぼませることがないように、何をしでかすのかと見守ってみましょうか、新しい芽を見つけることができそうな予感がしてきます。

富田なおみ

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