こひつじ幼稚園

入園・進級の記念写真の申し込み

 入園・進級の記念写真の申し込みについて

 

入園、進級のクラスごとの記念写真ができましたので、お知らせいたします。

下記の予定で2階 ミーティングルーム2にある机の上に 各クラスに分けて「写真袋」と「記念写真」が置いてありますので、ご覧ください。

注文する写真記号を記入の上、代金を入れて担任に渡して下さいますようにお願いします。

 

 

  • 写真が置いてある日時 : 4月20日(月)・21日(火)・22(水)

: 9:00~9:20・11:00~11:20

 

  • 場  所   : 幼稚園2階 ミーティングルーム2

(教会玄関を入って左横のドア(台所前)から2階にお上がりください。)

 

  • 記念写真代金 : 1枚  1,200円
  • 申し込み締め切り : 4月22日(水) 降園時まで

 

* 記念写真は、各クラス 2枚の集合写真からお選びください。

りす組   写真記号  あ ・ い

はと組     〃    う ・ え

ろば組     〃    お ・ か

 

 

* 写真申し込み袋にご希望の写真の記号、枚数、代金を記入し、おつりのないようにお金を入れてください。

* 小銭が袋から出ないように袋口を2、3回しっかり折ってください。

* 記号の書き間違え、代金の入れ忘れなどのないようにご注意ください。

* 組、氏名を忘れずに記入して、提出前に再度ご確認ください。

こひつじ園だより 4月号

こひつじ幼稚園聖句 「光の子として歩みなさい」

エフェソの信徒への手紙5章8節

年主題    『平和』をつくる

年主題聖句 「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」      マタイによる福音書5章9節

月主題    だいじょうぶ

 

幼稚園の桜はみなさんより一足早く美しく咲いて、春を知らせてくれました。そして今日からみなさんの新学期が始まります。

「こひつじ園だより」は、この春から少しリニューアルしてみなさんにお届けすることになりました。最初のページは月主題に添って、子どもたちとつくる1ヶ月をイメージしながら、巻頭言を掲載いたします。「保育のエピソード」や「月のねがい」に向かう様々な事をご一緒に考えて心に留めたいと願っています。「月の暗唱聖句」は牧師室よりのページに移行いたしました。

これまで左ページに掲載しておりました、「放射線測定表」は、園だよりでのお知らせはいたしません。観測は引き続き行ってまいりますので、放射線量の数値が大変高く、外遊びを控えるような日には、掲示板とホームページでお知らせをいたします。

変わって、左ページには、月の主題に添って立てられた学年ごとの「月のねがい」を掲載いたします。また「今月の予定」は、カレンダーにいたしましたので、目にとまるところに貼ってご活用ください。

 

さて、今月の主題は「だいじょうぶ」。新入園の子どもたちは初めての園生活に、進級の子どもたちは新しいクラスや先生に、いろいろと心配や期待の膨らむ4月ですね。こんな時こそ、お家の方が「だいじょうぶ」と心を落ち着けて子どもの不安を受け止めて送り出してください。子どもに「だいじょうぶ」と伝える方法は、言葉にして「だいじょうぶ」と伝えるより、お母さんが大きく深呼吸して「だいじょうぶ」とご自身の心に語りましょう。そして子どもには最高の笑顔で「行ってらっしゃい」と。園では子どもたちが安心できるようにと願って保育者が精一杯の備えをして迎えます。背後に神さまの御守りがあることを感じて「だいじょうぶ」な日々が積み重ねられる1ヶ月であるよう祈りつつ。

 

園長 富田なおみ

こひつじ園だより 3月号

こひつじ幼稚園聖句

「光の子として歩みなさい」

エフェソの信徒への手紙5章8節

年主題    あふれる愛
月主題    わすれない  ーこれからもともにー
今月の聖句  『羊はその声を知っているので、ついて行く。』
ヨハネによる福音書 10章4節

羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く(ヨハネ10章3~4節)

クラスの先生たちは、この1年間で何回子どもたちの名前を呼んだことでしょう。最初は名前を呼ぶ側も、呼ばれる側もちょっぴり緊張して、どんな風に答えたら良いか想像力を働かせながら答えていたことでしょう。そして両者とも名前を覚えて呼び合う頃には関係も深まって、時には聞こえないふりをしてお友達との遊びを楽しんだり。そんな時にも、自分がどこまで許されるかを見図って、ちょうど良く呼びかけに応じるのです。

そして今では、子どもたちは名前を呼ぶ声の調子で、先生の顔が見えなくても、怒っているか、笑っているかを感じ取っています。

卒園を間近にしたろば組の子どもたちを我が家に招待して、お弁当を一緒に食べる機会を得ていますが、いつも幼稚園で見る子どもたちより、お兄さん、お姉さんになったように振舞うので頼もしく思っています。送り出すろば組の先生が、クラスの部屋から送り出す時にお約束をしているようで、お行儀よくしているのです。1年間一緒に過ごした先生にとって、クラスの子どもたちは、まさに「うちの子」粗相のないようにと心配しながら送り出すのでしょう。私は子どもたちのはしゃぐ姿も楽しみなのですが、子どもたちはクラスの先生の言いつけを守って素敵に過ごして帰ります。先生が見ていなくても、見ていないからこそ、お行儀よくしているのですね。他のクラスの子どもたちも、クラスの先生の言うことは大事な言葉だと知っています。そして神さまもそんな風に私たちを大事に思って導いてくださると知っています。だからどんなところに送り出してもこひつじ幼稚園の羊たちは「大丈夫」。子どもたちの先頭にはいつも神さまがいるのですから。

園長 富田なおみ

こひつじ園だより 2月号

こひつじ幼稚園聖句

「光の子として歩みなさい」

エフェソの信徒への手紙5章8節

年主題    あふれる愛
月主題    気づきあう
今月の聖句  『あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努め
なさい。』    コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章31節

今年度も残りわずかとなりました。これまでを思い浮かべて振り返ったり、わずかとなった日々をどのように過ごそうかと考えたりする時ですね。今月の聖句12章31節は、12章の最後の部分にあたります。ですからこれまでを思い浮かべての繋がりを語ろうか、それとも31節を13章の愛の記事の前口上として語ろうか迷うところです。

12章28節には様々な賜物が並べられています。使徒(伝道)の賜物、預言の賜物、教師の賜物、奇跡の賜物、癒しの賜物、援助の賜物、管理の賜物、異言の賜物。もう少し身近な事柄に置き換えてみると、よくわらう、ちからもち、うたがすき、よくたべる、やさしい(『かみさまからのおくりもの』こぐま社より)

けれど、これらの「賜物」はどれもある特定の人にだけ与えられるものであって、決して誰にでも与えられるものではありません。ですから「みんな が・・・だろうか」とパウロは繰り返しています。

さまざまな賜物を持った子どもたち、保育者、保護者を思い浮かべて、みんなと過ごした日々を思い出したら、やはり13章、年主題でもある愛を語りたくなりました。28節に書かれている賜物に対して、パウロは「もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい」と呼びかけています。なぜなら、愛は神さまが私たちにくださる最大の賜物、無敵の賜物だからです。そして愛という賜物は求めさえすれば誰にでも与えられるのです。愛があるとは言えない私ですが、皆が愛を祈り求める幼稚園と、愛ではなくてルールや理屈や倫理や力で園を動かそうとする幼稚園と、どちらが元気になれるかと問われたら、やはり愛を求め、願いたいと思います。

そして、だからやっぱり、こひつじ幼稚園には愛がある。最大無敵の大きな賜物に守られているのだと思うのです。

園長 富田なおみ

こひつじ園だより 1月号

こひつじ幼稚園聖句

 「光の子として歩みなさい」

エフェソの信徒への手紙5章8節

年主題    あふれる愛
月主題    気づきあう
今月の聖句  『見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。』
詩篇133編1節

新しい年となりました。新年も神さまの祝福がみなさまの上に豊かにありますように。
さて、年明けに子どもたちが暗唱するのは詩篇133編「都上りの歌」です。バビロン補囚によって離散した民が、再びエルサレム神殿に参詣出来る喜びを歌った連歌です。
「兄弟たちが一つになって座っている」光景や思いを新たに神殿へ参拝する姿は、日本のお正月風景をも連想させます。
近年、日本では子どもたちは結婚をすると独立してそれぞれ父母の家を離れることが一般的になっていますが、旧約聖書の時代も通常はそうであったようです。時々は、親の世話をしながら暮らす若者たちもいたようですが、それも現代の日本と同様ですね。家族団欒を「共に座る」と表して「なんという恵み、なんという喜び」と歌っています。
年に一度位、お正月に実家に帰り、兄弟姉妹が顔を揃えるということがあるかもしれません。大人になれば、家族ばかりに限らないでしょう、本当に親しい友人は皆「兄弟」も同然、それ以上かもしれません。打ち解けた仲間たちと心ゆくまで過ごす時間は、宝のようにも感じられます。人生のこの上ない価値をこの詩編は歌い上げているのです。
ところが、人の座る(住む)この世界は、そんな美しい光景を簡単に打ち壊してしまいます。
帰国が許された人々は神殿の再建に取り掛かりますが、現実には利害が交錯し、一つ思いになれませんでした。人々は「主がいてくださらなければ何も出来ない」と、嘆き歌います。
私たちが共同体を形成していく時、そこには理想と現実のギャップがあります、争いもおきます。些細な事が人々を仲違いさせるのです。それは神さまが喜ばれることではないと知っていても、人は、正しさを主張することばかりで、自身が赦されていることを忘れるのです。私たちが共に座る場は感謝する場なのだということをこの詩と共に覚えていたいですね。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分
の量る秤で量り与えられる。」マタイ7:1-5

冬休み明け、子どもたちはきっとお友達と席を並べて座ることを、心から喜ぶことでしょう。そして素直に神さまに「なんという恵」と感謝することでしょう。その気持ちが時には期待のあまりぶつかる事も起きるでしょう。それでも毎日新たな思いで、友達と出会い、友がいてくれることを喜んで、新しい発見や遊びを生むことでしょう。そんな光景を目にしながら『見よ、兄弟が共に座ている。なんという恵み、なんという喜び。』と言う聖句を味わいたいと思います。

園長 富田なおみ

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